村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」７９　－日本産業革命の地・横須賀造船所―

1865慶應元年に着工した横須賀製鉄所は、工期4年目に入った1868慶応4年9月に明治と改称するころにはすでにほとんどの工場が稼働していて、小規模な造船をはじめたくさんの部品製造が軌道に乗り、見物客が押しかけるようになった。新政府も「ご一新」の近代化をアピールするため見学を積極的に認めたので、蒸気機関による最新の本格的機械工作の現場を見物できる場として、たちまちテーマパークのような観光地となった。

1871明治4年に横須賀造船所と名称を変え、1867慶応3年から掘り始めた1号ドックも完成、ほとんどの施設がフル稼働に入った。
そして観光客向けに1879明治12年から「横須賀明細一覧図」が数種類制作され、造船所見学の絶好のお土産となった。版元が異なると、デザインに違いがある。

初めモノクロだった一覧図はしだいにカラー版も作られるようになった。ここに掲載した絵図は、1883明治16年版で東京府の平民山本良助が制作し横須賀の鈴木卯兵衛の販売で、明治18年も売らせていただきますと御届をしている。絵もしっかりしていて、何より上部の枠内の解説がわかりやすいのだが、一覧図の実物サイズがタテ36cm×ヨコ50cmだから文字が小さく読みにくい。今回特別に拡大して掲載した。畳んで封筒に入れ、販売したから今でも旧家の蔵から出てくることが多い。見つかったらカラー版は特に「お宝」です。
　
◆これからしばらくはこの一覧図(本紙2542号掲載)の部分拡大図を基に文章を進めてゆくので、保存して参照してくださることをおすすめします。

　　　「横須賀明細一覧図」

　造船所をつくったら市になった　横須賀市民が東善寺へ小栗公の墓参においでになると、「小栗上野介は横須賀市に造船所を造ったんですよね」と嬉しそうに言う方がいる。「それは違います。造船所を造ったら町ができて市になったのです。造船所が先で市は後です」というと、「へえッ」と驚かれる。
　一覧図の上部枠内の左最後に大略「昔ここは人家わずか30数軒の海辺の一漁村。一たび造船所を設けてからわずか10数年の今日、これほど隆盛の小都会となったのは実に驚くべき開明の進歩･･･」とある。海辺の横須賀村に造船所を造ったから町になり市になった、とここで言っているのだ。初め幕府は長浦湾を造船所予定地としていたから、そのまま長浦に造っていればいまごろは長浦市横須賀。対岸の千葉県側に造船所を造れば、こちら一帯は歴史の古い浦賀町が浦賀市になって、横須賀は依然として小さな漁村だったろう。


　　横須賀造船所の特徴４つ
　　
　これから横須賀造船所の特徴を筆者の分類で4つ上げ、それに沿って一覧図から一部拡大図を基に話を進めてゆこう。それは「日本の産業革命は横須賀造船所から」という根拠ともなる。


　１、何でも造る総合工場…蒸気機関、歯車、ネジ、大砲、ロープ、フォーク、スプーン、そして「船も」造る総合工場だった。「軍港」という閉鎖的なイメージは政府の都合で一般観光客を入れなくなった明治20年代後半からで、それ以前の日本最初の近代総合工場の機能を「一覧図」から読み取れる。

　２、蒸気機関が原動力…横須賀には大きな川がないから水力は使えない。横
須賀でははじめから、すべてのモノづくり作業が工場ごとの蒸気機関を原動力として行われ、蒸気機関を動かして蒸気機関を作り、それを船に積めば蒸気船、汽車に積めば蒸気機関車になる。もちろん工場にも据えて蒸気機関を原動力とした近代産業が展開され、定着していった。

　３、教育機関で人づくり…モノづくりの原点は人づくりから。首長ヴェルニ
ーは「黌舎」と「機関学校」で優秀な技師・職工を育て、ゆくゆくは日本人だけで造船所を経営できる方途を図った。どちらも授業料無料、小遣いまでもらえたから、農漁村の若者に人気となっていった。後で述べるが兵庫県生野銀山の再掘を指導した仏人コワニエもやはり鉱山学校を開いて技師を育て、モデル鉱山として全国の鉱山の近代経営確立を指導し、貢献している。

　４、近代経営の方式が定着…産業革命は蒸気機関の使用による産業技術の刷
新にとどまらない。労働環境改善、労使の対立を乗り越えての近代市民生活の変化と確立が伴う。仏式経営に日本人が合わせて定時労働、日曜休日、年功給、能率給、近代簿記、健康管理などの経営や近代労働慣行、それにメートル法が定着していった。しかも永年の蓄積で結果的には、日本が西洋化したのではなく、西洋文明が日本化していったのが日本の近代化といわれる。

本紙2542号（2021年4月27日付）掲載

投稿日：2021.05.27 木曜日

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