村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」74 -日本産業革命の地・横須賀造船所―
滝野川大砲製造所(3)
小栗忠順たちはこの緊急のご時世にそんな話でそのまま引っ込んではいられないから、上流では水をムダ遣いしているではないかと巻き返しに出る。
「千川上水の上流では農業用、飲料用と言って分水しておきながらよくよく見ると庭の滝や泉水池にし、あるいは無駄に引き込んでいるのを、果たして作事奉行は把握しているのか。とにかくこれまでの取水口を皆明けにしなくても少しずつ全体を減水すれば水車、農耕に間に合うはずと思います。そういう緩急の駆け引きをしないまま従来のやり方だけにこだわるのは『時勢の変転も相わきまえざるの義』いまの時勢をわかっていないというべきで、私どもで言ってもだめだからそちらの筋から『御督責あらせられ候ようつかまつり度く』きつく言ってほしい。」(「陸軍歴史巻七」・意訳)
こうして、勘定奉行立田主水正に上からきちんと指導して承知させるようにと注文を付け、さらに、江戸広しといえど湯島・関口からも水運が通じ反射炉建設に適した土地は滝野川村のほかにない、「きびしく御作事奉行へ御内諭の御沙汰成し下さるべく候」きちんと作事奉行を指導してくれ、と強く念を押している。
忠順の脳裏には蒸気機関を動力源として効率よく鉄製品を造りだすアメリカの造船所が、浮かんでいたことであろう。早くああいう政治・行政の国にしたいと考えても、現実の日本は作業用の動力水路一つ設けるのに旧来の慣行・しきたりとぶつかりなかなか進まない。つい文調も激しくなってくる。
この年十一月になっても滝野川反射炉の建設は決定に至らず、忠順は「先達て勘定奉行と作事奉行とで立ち会い見分をして玉川上水との関わりも氷解したのだから、早く正式決定に持ち込んでほしい」と幕閣に催促の上申をしている。
同じ十一月に伊豆天城山中の白土が滝野川の反射炉の耐火レンガを造るのに最適だが、地元民が陶器づくりなどに掘りとっている。陶器用の土はほかでも見つかるから白土の採掘を禁止する旨、近在の村々へ通達するよう建議している。
本紙2527号(2020年11月27日付)掲載
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