小池安雲の色の魅力
第137章
むかし好きだったものを、ふと思い出すことはありますか? 例えば、子どものころに食べた駄菓子や、若いころによく聴いた音楽、訪れたことのある街などです。「もう一度あれを体験したら、今はどう感じるのだろうか」と思うことがよくあります。むかし好物だったものを今食べても美味しく感じるのだろうか、というような感覚です。
今月、東京都美術館でマティス展がはじまりました。日本では約20年ぶりとなる、大規模な回顧展です。私がマティスを知ったのは、切り絵モチーフのポストカードを買った高校生のころでした。なんとなく好きだなと思い続けて数十年。「むかし好きだったものを今見たらどう感じるのか?」を体感したくなって、大回顧展へ足を運びました。じっくりと見入って見終わるころには二時間半が経過。やはり好きだなと感じ、なぜ好きなのかの理由もわかったように思います。
マティスはフォーヴィズム(野獣派)と呼ばれ、光の効果を暗い色調で表現し薄暗がりを淡い色で表現するような、因習を踏襲しない新たな表現をはじめました。特に印象深いのが「画面を構成するのは、独立した部分ではなく色彩の調和の総体である」とマティスが言ったくだりです(参照「岩波 世界の巨匠マティス」ジェラール・デュロゾワ著)。たしかに、赤を単体で見るのと、紅白のように色を並べて見るのとでは印象が異なります。そしてこれは、人にも言えることですよね。才能だけを見るのと、その人の全体を見るのとでは印象が異なります。人を一面的ではなく多面的に理解したいと願っている私にとって、マティスの調和を見る視点はとても共感できるものでした。
均衡と調和を表す色はインディゴ(紺色)です。インディゴには、まとまりと境界線という意味合いも。マティスの代表的な絵のモチーフのひとつは窓でした。窓は内側と外側の境界であり、それらをつなぐ象徴にもなります。これも、個性を大事にしつつ社会とつながりたいという私の願いそのものです。
むかしからマティスに惹かれたのは、絵が好みだという理由のほかに、彼の根底にある想いに惹かれていたのかもしれません。なんとなく惹かれるものに改めて触れてみると、自分の想いを改めて確認できるいい機会になりますね。
ここでいつものワンポイントアドバイス。インディゴは調和を保つ色ですが、調和が行き過ぎると束縛になってしまいます。くれぐれも、使いすぎにはご注意あれ!